終わりにしましょ。

※悲恋






「……今、なんて……?」


虎丸の震えた声が、狭い車内に響く。
エンジンを切って停止した車の中は、その掠れた声以外にはほとんど音がしない。


「聞こえなかった?もう終わりにしましょうって言ったのよ」
「…終わりって…何、を」
「決まってるでしょ。私達の、関係」


暈す事なくはっきりと告げれば、彼は青ざめた顔で引き吊った吐息を漏らした。
震える彼の左手が、膝に乗せた私の右手を取る。
虎丸の顔を見れば、そのまま彼の頬に宛がわれ、瞳同士が交錯した。


「…どう、して…?」
「どうしてって。そんなの、分かってるんでしょ?」


理由なんて、聞くまでもない。
そもそも私達の関係が、今まで続いていたことが異常だったのだ。
普段は然も何事もない顔で擦れ違って、気が向いた時だけ体を重ねる。
こんな腐った関係、ずるずると誤魔化しながらとはいえ、よくもまあ五年も続いたものだ。




「体だけの関係なんてね、簡単に切れちゃうものよ」


本当に手元に留めておきたいなら、体だけでなく、心まで鎖に繋いで置かなくちゃ。
そんなこと、貴方は一度も望まなかったけれど。


「っ、だったら、心を俺に下さい。体だけじゃなくて、なまえさんの心も、俺に全部っ…!」


今更、それを言うのね。
ずっと素知らぬ顔をしておいて、今更、貴方がそれを私に言うの。
冷たい頬に触れたままの右手を引くと、彼はぎゅうと強く握り締め、離そうとはしない。


「今まで、何も言わなかったくせに」
「俺は!……っ俺は、俺の心は…ずっと、なまえさんだけを見ていました」
「…馬鹿ね。もう遅いの。何もかも」


そう。何もかも、手遅れなのよ。
五年間、私はその言葉を待っていたのに。
五年間、貴方は一度もそれをくれなかった。
だから、手遅れになってしまった。






「私ね、結婚するのよ」
「…え…?」


差し出した左手に、細い銀色が光る。
それを目に留めた虎丸は、その丸い瞳を濡らしながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
銀色を虎丸の顔に近付けて、私の手を握り締めた彼の手を解く。
先程とは打って変わって力の抜けたその指は、いとも簡単にほどけていった。

せめてあと一年、いえ、半年でも早く、その言葉を聞けていたなら……この銀色は、貴方がくれたかもしれないのにね。




「だから、ね、虎丸」








終わりにしましょ。


(これで、さよならよ)